大会長挨拶
大会趣旨
混迷からの脱却
-精神保健医療福祉の再生に向けて-
折りしも本年は、呉秀三が大正7年に、『精神病者私宅監置の実況』の調査報告を行ってから100年の年である。我が国の精神保健医療福祉は、「この邦に生まれたるの不幸」を脱却できたのであろうか?
未だ「私宅監置」とも言える状況があり事件となり発覚したことは記憶に新しい。呉は拘束具を焼いたことでも知られるが、精神科医療において身体拘束を受ける人はここ10年で約2倍と急増してきている。病院は、救急病棟の増加に伴い、開放化よりもむしろ閉鎖化が進んでいる。
精神保健医療福祉が「病院中心から地域生活中心へ」と少しずつ動こうとしている中で、精神保健医療福祉の現場で働く人は、さまざまな危機感、停滞感、閉塞感を抱いているのではないだろうか。脱施設化が進む中で、病院に見切りをつけ地域に活動の場を求める人がいる一方で、「病棟転換型」施設として病院に踏みとどまろうとする人もいる。
地域生活中心とは言われているが、今なお圧倒的にマンパワーや財源は入院医療に振り向けられているため、長期入院者の退院支援がなかなか進まないまま高齢化が進み、時間との戦いに忸怩たる思いをしている人もいる。そんな中で、「重度かつ慢性」という概念が示され、本来なら手厚い支援の元で退院支援を行うべきところが、長期入院を容認することにもつながりかねないことが危惧される。
一方、やまゆり園事件を契機として検討会が設置され、措置入院者に限って、退院支援計画が検討されるようになり、「他の者との平等を基礎とする」障害者権利条約に沿わない議論が行われた。精神保健福祉法改正案は一旦廃案になったものの、再提出の可能性も残されている。これまで、さまざまな事件が起こるたびに精神保健福祉法改正が行われてきたが、あるべき方向性が議論されないまま、その時その時の状況に翻弄されてきたのではないだろうか。精神障害者の権利擁護や隔離・身体拘束の課題も今日的な課題である。
課題はさまざまであるが、当事者のロビー活動や病院・地域での様々な実践など、新たな動きも見えつつある。本学会はここで改めて、障害者権利条約が目指そうとする理念を踏まえつつ、精神保健医療福祉の再生に向け、この混迷から脱却する可能性を地道な実践を通して、目指していきたい。そして学会らしく、大いに議論し、精神医学、保健学、看護学、社会福祉学などの様々な知見も活かしながら脱却の糸口を見出していきたい。多くの会員、精神保健医療福祉関係者の皆様の参加をお待ちしている。
2018年8月1日
第61回日本病院・地域精神医学会総会
大会長 長谷川 利夫(杏林大学)