要望書

「心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った者の医療及び観察等に関する法律の規定の施行の状況に関する報告」にかかわる日本病院・地域精神医学会理事会の要望

 厚生労働省と法務省は、心神喪失者等の状態で重大な他害行為を行った者の医療及び観察法等に関する法律(以下、単に「法」と略す)の附則第4条に基づき、この法に関する規定の施行状況の国会報告(以下、単に「報告」と略す)を行うこととなっており、この報告は2010年11月26日に閣議に報告され了承された。この報告は、単に施設の整備状況やこの法に従事する者の数、申立てや処遇決定、処遇終了の人員等を述べているにすぎない。
 日本病院・地域精神医学会は、法案の段階から検討を重ね、「法」施行後は各年度の総会において継続的にシンポジウムを行い、また2009年には指定入院医療機関の調査を行った。法に関わる情報を得ることを目指すとともに、その問題点について検討を重ねてきた。
 「法」の附則第4条は「必要な検討を加え」ることを明記しているが、このたびの「報告」では検討を加えるべき問題点について何ら触れられておらず、きわめて不十分なものである。日本病院・地域精神医学会理事会はとりわけ下記の諸点についての報告を求めるとともに、その要因についての分析の報告を関係省庁に求めるものである。

  1. 処遇決定人員等について:入院等の決定人員のうち、不処遇が303人(17.2%)も存在する。このような多数の不処遇者の実態はどのようなものであり、不処遇者が発生する要因は何か。
     さらに却下が60人(3.4%)存在し、うち対象行為なしは6人(0.3%)、完全責任能力は54人(3.1%)である。これら60人は申立てはなされたものの対象者となり得なかった者であり、このような事態が生ずる要因は何か。
      不処遇や却下が多数存在する要因は、恣意的で過剰な申立てが行われていることと、慎重な事実認定がおろそかにされたことの結果ではないのか。さらに鑑定の正確さを欠いているためではないのか。

  2. 在院期間について:「法」は1年6ヶ月の入院処遇期間を予定しているが、退院した者(608人)の平均在院日数は574日であり、1年6ヶ月をわずかに超えている。すなわち、予定の1年6ヶ月を超える長期在院の対象者が相当数存在するものと推察される。予定された入院処遇期間を超えた在院者の存在は、どのような要因によるものか。また、入院処遇中の者も含め在院期間別の人員の詳細を明らかにされたい。

  3. 特定医療施設および特定病床について:2008年8月には厚生労働省令133号の公布により、指定入院医療機関以外の施設(特定医療施設)および指定入院医療機関の医療観察法病棟以外の病床(特定病床)への対象者の入院処遇が可能になった。この措置は、制度の根幹にかかわるものと考えている。これらの施設および病床へ入院した対象者の人員を明らかにされたい。

  4. 都道府県別の諸統計について:「報告」には都道府県別の対象者数等に関する統計が示されていない。指定入院医療機関や指定通院医療機関の整備には地域差があると思われ、そのために対象者数にも地域差が発生していることが推察される。都道府県別の処遇決定人員等の実数および対人口比について明らかにされたい。

  5. 自殺等の事故について:「報告」には、自殺者や自殺未遂者、あるいは再犯者についての記載がない。実際には相当数の自殺等の事故があったことが判明している。施設別あるいは都道府県別のその実数が明らかにされるべきである。また、そのような事故が起きる要因は何か。「法」のもとに行われる「医療」に問題はなかったのか。

  6. 処遇終了者について:やはり「報告」には記載されていないが、「治療反応性がない」との理由で処遇終了となった者が存在することも知られている。そのなかには、一般の精神科病院における入院を余儀なくされている者もいると聞く。治療反応性がないとの理由で処遇終了になった者の数、そのうち一般の精神科病院へ入院をした者の数を明らかにされたい。
      処遇終了者のなかには、自殺以外に病死等による終了者が存在すると思われる。その実態と合併症治療の体制がどのようなものかを明確にされたい。
     「報告」の概要では退院した者は608人とされている。表13の退院許可等の決定人員のうち、退院許可決定と処遇終了決定の人員を合計すると594人である。この14人の差の内訳はどのようなものか。同様に、精神保健観察を終了したものは279人であるが、期間満了による者、決定による者の合計は252人である。この差27人はどのような形で終了したのか。
     処遇修了者のうち、対象行為をおこなう以前の元の居住地に帰住できなかった者が何人いるのか。

  7. 精神保健福祉法による入院について:「報告」では通院処遇者の「法」に基づく再入院の人員は記載されているが、通院処遇者のうち当初より精神保健福祉法による入院となった者の人員、入院処遇の終了とともに精神保健福祉法による入院となった者の人員、さらには通院処遇中に精神保健福祉法による入院となった者の人員が記載されていない。これらの事例があれば明らかにされたい。

  8. 行動制限について:行動制限については隔離が138人、身体的拘束が29人とされている。これが延べ人員か実数か明らかでない。また、「法」における入院処遇は全病室が個室と聞いている。個室に施錠するような形の隔離は行われていないのか。

  9. まとめ:このたびの「報告」は、以上にあげた諸点に照らしてきわめて不十分なものである。われわれは「法」における処遇が真に治療的なものかどうか、また「法」が医療倫理と患者の権利保障という観点からして適正なものかどうか、について重大な関心をもっている。このたびの「報告」からは対象者をあえてこの「法」によって処遇することの優位性が見いだせない。「報告」はこれらの観点からの検証を欠いている。あらためて上記の諸項目について報告を求めるとともに、関係省庁としての「法」運用のあり方の総括を求めるものである。

以上 
2011年 月 日    日本病院・地域精神医学会理事会